手根管症候群は、手のしびれや痛みを引き起こす代表的な末梢神経障害の一つです。特に中高年の女性に多くみられますが、近年ではパソコンやスマートフォンの使用機会の増加に伴い、幅広い年代で相談を受ける疾患となっています。
「朝起きると手がしびれる」「親指や人差し指の感覚が鈍い」「細かい作業がやりにくい」といった症状がある場合、手根管症候群の可能性があります。
今回は手外科診療で頻繁に遭遇する手根管症候群について、原因から診断、検査、治療法まで詳しく解説します。
手根管症候群とは
手根管症候群は、手首に存在する「手根管」というトンネルの中で正中神経が圧迫されることで発症する疾患です。
手根管の構造
手首には手根骨という8個の骨がアーチ状に並び、その上を横手根靭帯が覆っています。
この骨と靭帯で囲まれた狭い空間が「手根管」です。
手根管の中には
- 正中神経
- 指を曲げる9本の腱
が通っています。
何らかの原因で手根管内の圧力が上昇すると、正中神経が圧迫され、しびれや痛みが生じます。
手根管症候群の原因
1. 特発性(原因不明)
実は手根管症候群の多くは明確な原因が特定できません。
特に
- 40~70歳の女性
- 更年期以降の女性
に多く発症します。
女性ホルモンの変化や加齢による組織変化が関与していると考えられています。
2. 妊娠・出産
妊娠中は体内に水分が貯留しやすくなります。
その結果、
- 手根管内がむくむ
- 神経が圧迫される
ことで症状が出現します。
多くは出産後に自然軽快します。
3. 糖尿病
糖尿病では神経障害が起こりやすく、手根管症候群の発症リスクも高くなります。
4. 透析
長期間透析を受けている患者さんでは、アミロイドという蛋白質が手根管内に沈着しやすくなります。
透析患者では比較的頻度の高い合併症です。
5. 関節リウマチ
関節リウマチでは滑膜炎によって腱や組織が腫れ、手根管内圧が上昇します。
6. 手首への負担
以下のような作業が症状を悪化させることがあります。
- 長時間のパソコン作業
- スマートフォン操作
- 振動工具の使用
- 家事
- 手作業の多い仕事
ただし、これらだけが直接の原因になるとは限りません。
手根管症候群の症状
初期症状
最も特徴的なのは正中神経支配領域のしびれです。
具体的には
- 親指
- 人差し指
- 中指
- 薬指の親指側半分
に症状が現れます。
一方、小指には症状が出ないことが特徴です。
夜間・早朝のしびれ
手根管症候群では
- 夜中にしびれで目が覚める
- 朝起きた時に手がしびれる
という症状が非常に多くみられます。
手を振ったり、ぶらぶらすると一時的に楽になることがあります。
これを「フリックサイン」と呼びます。
痛み
進行すると
- 手首の痛み
- 指先の痛み
- 前腕への放散痛
が出現します。
感覚障害
神経圧迫が続くと
- ボタンがかけにくい
- 小銭をつまみにくい
- 箸が使いにくい
など細かな作業に支障が出ます。
母指球筋萎縮
重症化すると親指の付け根の筋肉(母指球)が痩せてきます。
すると
- ペットボトルの蓋が開けにくい
- 物をつまめない
- 親指に力が入らない
といった症状が現れます。
筋萎縮が進行すると回復に時間を要するため、早期診断が重要です。
診断方法
問診
診断の第一歩は問診です。
特に
- どの指がしびれるか
- 夜間症状があるか
- いつから症状があるか
- 利き手かどうか
を詳しく確認します。
視診
母指球筋の萎縮がないか確認します。
左右差を比較すると分かりやすいことがあります。
触診
手首の圧痛や神経走行を確認します。
特徴的な診察所見
ティネル徴候
手首の正中神経部分を軽く叩きます。
しびれが指先に響けば陽性です。
ファレンテスト
手首を強く曲げた状態で60秒程度保持します。
症状が誘発されれば陽性です。
外来で簡単に行える代表的な検査です。
母指対立機能検査
親指を小指側へ動かす力を確認します。
筋力低下の有無を評価できます。
画像検査
X線検査
手根管症候群そのものは写りません。
しかし
- 骨折後変形
- 変形性関節症
- 腫瘍
など他の疾患を除外するために行います。
超音波検査
近年非常に重要になっている検査です。
超音波では
- 正中神経の腫大
- 神経圧迫部位
- 腱鞘炎
- ガングリオン
などが確認できます。
被ばくがなく、外来で迅速に評価できます。
MRI検査
通常は必須ではありません。
ただし
- 腫瘍
- ガングリオン
- 特殊な病変
が疑われる場合に有用です。
神経伝導検査
確定診断で重要なのが神経伝導検査です。
神経に微弱な電気刺激を与え、
- 神経伝導速度
- 潜時
- 振幅
を測定します。
手根管症候群では正中神経の伝導遅延が認められます。
特に
- 手術適応の判断
- 重症度評価
に役立ちます。
保存療法
症状が軽度から中等度の場合は保存療法から開始します。
安静
手首の使い過ぎを避けます。
特に
- 長時間のスマホ操作
- パソコン作業
- 手首を曲げる作業
を見直します。
装具療法
夜間に手首を中間位で保持する装具を使用します。
夜間症状の改善に効果が期待できます。
薬物療法
- 消炎鎮痛薬
- ビタミンB12製剤
などが使用されます。
症状緩和を目的として処方されます。
ステロイド注射
手根管内に注射を行います。
一定期間症状が軽減する場合があります。
ただし繰り返し注射には注意が必要です。
手術療法
保存療法で改善しない場合や重症例では手術を検討します。
手根管開放術
最も一般的な手術です。
圧迫の原因となる横手根靭帯を切離し、神経の圧迫を解除します。
直視下手術
比較的広く切開して行います。
確実な視野が得られるのが利点です。
内視鏡手術
小さな創で行う方法です。
術後疼痛が少ない傾向があります。
ただし適応や術者経験が重要になります。
手術後の経過
多くの患者さんで
- 夜間のしびれ
- 痛み
は比較的早期に改善します。
しかし、
- 長期間の神経圧迫
- 高度な筋萎縮
がある場合は回復まで数か月以上かかることがあります。
神経の回復には時間が必要です。
予防法
完全な予防は難しいものの、
- 手首を長時間曲げない
- 作業中に休憩を取る
- ストレッチを行う
- 糖尿病など基礎疾患を管理する
ことが重要です。
院長コメント
手根管症候群は「年齢のせい」「使い過ぎだから仕方ない」と思われがちですが、適切な診断と治療によって改善が期待できる疾患です。特に夜間のしびれや親指の力の入りにくさは見逃してはいけないサインです。症状が長期間続くと神経障害が固定化することもあるため、早めに手外科専門医へ相談されることをおすすめします。超音波検査や神経伝導検査を組み合わせることで正確な診断が可能となり、患者さん一人ひとりに適した治療方針を選択できます。
まとめ
手根管症候群は、手首で正中神経が圧迫されることで生じる代表的な絞扼性神経障害です。親指から中指にかけてのしびれや夜間痛が特徴で、進行すると筋力低下や母指球筋萎縮を生じることがあります。
診断には問診・診察に加え、超音波検査や神経伝導検査が有用です。軽症例では装具や薬物療法を行い、重症例や改善しない症例では手根管開放術が検討されます。
「朝起きると手がしびれる」「親指に力が入らない」といった症状がある場合は、早めの受診が神経機能を守るための重要なポイントです。


